投稿日: 2025-07-20
チャットやチケットでコメントするときに、分かりやすい短文を書くためのスタータキットになるかもしれないルールを考えてみる。
仕事をしていると、「うーん、もうちょっと伝わりやすい書き方にしてほしいなぁ」と思ってしまう文に出会うことがよくある。
ある程度の規模を越えたほとんどの組織では、文章を書く人数 or 書く回数 N
と、その文章が読まれる人数 or 読まれる回数 M
には、N << M
の関係があると思う。
なので、書く側がしっかりコストを払って、そのあとに読む側のコストを下げることは、意味が大きいと考えている1。
自分は日本語の専門家というわけではないけど、過去に6年間ぐらい学術論文を書く過程で、良い文章を書くために指導教員にさんざん揉まれてきた。 なので、解釈がより容易な文章を書く能力は、平均よりは高いと自負している。 そんな自分が最近、「こういう意識を持って注意しながら文を書く実践を積むのは、割と誰でも出来るんじゃないかなぁ」と思っているルールを言語化してみる。
節の数を減らして一文を短くする
「長い文は読みづらいから、短くしよう」というのは、結構良く聞くと思う。 でも、「具体的にどうやって短くするの?」という指針がないと、短いけど依然として読みにくい文が出来上がってしまう気がする。
そこで、英文法の「節」というやつを思い出してみる。 「節」は “S V …” からなる、文を構成する部分のことを指す。 例えばよくある “S V …, because S V …” みたいな構成の文だと、カンマの前後がそれぞれ節である。 さらに言うと、前半が主節で、接続詞を伴う後半が従属節となる。
これを踏まえて、「一文の中の節の数は2個までにしよう」というのが、自分の提案になる。 よって、“S V …, if S V …” 以上に複雑な文を書いたら、別の文に分けよう、ということになる。
例えば、この記事の最初のセクションのとある文は、書きはじめは以下のような文だった。
自分は日本語の専門家というわけではないけど (節1)、過去に6年間ぐらい学術論文を書く過程で、良い文章を書くために指導教員にさんざん揉まれてきたので (節2)、解釈がより容易な文章を書く能力は、平均よりは高いと自負している (節3)。
単純に英語チックに考えると、“Although S V …, because S V …, S V …” みたいな感じだろうか2。 これを読み直したあと、以下のように2文に分割して書き直した。
自分は日本語の専門家というわけではないけど (節1-1)、過去に6年間ぐらい学術論文を書く過程で、良い文章を書くために指導教員にさんざん揉まれてきた (節1-2)。 なので、解釈がより容易な文章を書く能力は、平均よりは高いと自負している (節2-1)。
この例文だと、内容が薄いので元の文でも別に問題なく読めるかもしれない。 ただ、業務となってくると、日々もっと複雑な対象を扱うことになると思う。 そういった対象を記述すると、修飾語とかが増えて、あっという間に文が膨らんでしまう。 そのときに、このテクニックが役に立つのではないかと思う。
もちろん、もっと節が多い複雑な構造の文でも分かりやすく書けるし、そういう文を頑張って目指さざるを得ない場合もあると思う。 実際、論文だといくらでもそういう文は登場するし、格調高い文章のようなものを目指そうとすると、それは避けられないのかもしれない。 とはいえ、普段の会社での業務上のコミュニケーションを目的とするならば、そんな冒険をする必要はない。 最高の文を目指す必要はないので、素朴だけど伝わりやすい文を書きたいのであれば、有用なルールになると思う。
主節を先に書く
直前のセクションと関連するけど、主節と従属節からなる文は、最初に主節を書くようにした方が意図が明瞭になる。 例えば、「A か B かどちらに賛成か」について説明する場面で、「…なので、A が妥当だと考えます」という文が最初に想起されたとする。 これを「A が妥当だと考えます。というのも、…だからです」のように変更する。
いわゆる「先に結論を書こう」という考えにも通じている3。 恐らくほとんどの人は、自然体で日本語の文を書こうとすると、従属節が最初に来る文が思い浮かぶことが多いのではないかと思う。 主節を最初に持ってくる文は、やや形式ばって見えるし、意識して書く練習をしないと、中々書けないような気がする。
こちらもやはり、内容が薄ければどちらの書き方でも問題ない。 ただ、実務ではやはり、従属節が複雑になってしまい、重要な意図が表現される主節が埋もれてしまって、読む側の負担になってしまう。 なので、意識的に主節を強調するこの書き方が活きる場面は多いと思う。
ただし、チャットとかで口語やそれに近いメッセージが頻繁に飛びかっている状況では、従属節が先に来る方が読み手にとっても自然かもしれない。 チケットや PR のコメントなど、意思決定の証跡をしっかり残したい場面では、主節を先に持ってくる手法を推したい。
体言止めを使わない
紙面やスペースが限られるニュースの見出しでは、体言止めは避けられない4。 プレゼンテーション資料なども同様だと思うが、これはそもそも口頭での発表が前提になっているから、問題にはなりづらい。
それ以外では、体言止めは百害あって一利なしなのではないかと思う(過激派)。 体言止めは、文の意図を曖昧にするだけで、読む側の認知的負担が大きくなる。
例えば、「~の検討」「~を実施」「~に対応」みたいな文(なのかも怪しいものの羅列)を見ると、それぞれの時制が分からないから、何の話がされているのかも一瞬ではよく分からない。 「今も検討中なの?それとも検討し終わった?」や「これから実施する予定なの?」といった疑問が湧いてくる。 また、体言止めをしようとすると、長い名詞句を作ろうとすることになるので、主語や目的語も欠落しやすくなる。 悪い文になる条件が揃いやすくなるので、体言止めは封印することを推奨したい。
こんなところだと思う。 ほかには「省略した概念がないかチェックする」とか「句読点を適切に使う」とかもあるけど、明確な基準を言語化したり、それを実践するのが難しいと思う。 「あなたの書いた文は分かりにくい」と言われたことがある人は、今回紹介した3つのルールを思い出してみてもらえると、改善できるかもしれない。
Footnotes
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型をはじめとした、静的解析が厳格寄りのプログラミング言語が、最近流行っていることにも通じていると思っている。 ↩
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although と because が一文に共存する英文を見た覚えがないので、これは英文としては破綻していると思う。悪しからず。 ↩
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完全に余談だけど、「結論から先に」が必ずしも正しくないというのを、この動画で知って面白かった。: ゆる言語学ラジオ - 「論理的」は、地域によって違う ↩
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ただし、この事情を逆手にとって、見出しで読者の印象を偏向的に誘導するようなケースもよく見かけるように思う。 ↩